2019/1/24

頑張って早起きして、コマグラカフェへ。インスタレーションビューを踊るように撮る。最近、目の前のものに集中していいなあいいなあって思ったら、あまり撮り方とか画角とかをきっちり決めすぎずに、撮るようにしている。わたしの写真ってなんとなく、かっちり真面目みたいな感じがしていて、そういうのを崩したいなぁと。じーっと狙ってパシャっと撮るより、ふわふわ揺れながらパシャパシャ撮っていくのが心地よい。スタンダードな撮り方ではないのかもしれないけれど、感覚を開いて感性を活かして撮りたいからなあ。写真展会場に置いてあるメッセージノートに、たっっっくさんのコメントが寄せられていてすごくすごくうれしかった。「忠地さんの写真が好きです」「写真展のやさしい雰囲気に癒やされました」そんな一つひとつのコメントに本当に本当に本当に(×100)励まされた。。そしてすごく元気をもらえた。手書きの文字って良いなぁ。人をあたためる言葉って良いなぁ。本当はコマグラカフェで朝ごはんを食べようとしていたけれど、私の勘違いで食べられず…!でも店長さんがちょびっとだけチーズケーキをおすそ分けしてくれた。おすそ分けしてくれたから、じゃないけれど、すごく素敵な方だなあとずっと思っている。芯は強くてやさしくてやわらかくて朗らかで。

1月に入ってちょこちょこ落ち込むことが起きていた。えいや〜っと行った飲み会を全然楽しめなかったり、この子は!と信じたアシスタントが辞めちゃったり、連載が終わることになったり、仕事の依頼がいつもと比べて少なかったり、営業がすぐに実らなかったり、カメラが2台続けて壊れたり、iPhone画面が割れたり、旦那との関係性にぐるんぐるん悩んだり…。別に不幸せじゃないのに、どこか目の前のことに集中できなくて、なんだかぼーっとしたり、勝手に凹んだり、いじけたり。だからひたすら、自分と向き合うということをしてみました。ノートに書く。苦しいこと、うれしいこと、考えていること、これからのこと。書くのって力がいるし、面倒だけれど、書いたらこの穴から抜けられるような気がして。書いて書いて書いた。そうしたら…今日、抜けた気がする。というかいい意味で諦めて、目の前にあることに集中して行こうと、心から思えた。結局、そうなんだよなあ。諦めるなんて大嫌いだよ。諦めるなんて弱い人のやることだって思っていたし、今も思っているフシはある。でも、自分ががむしゃらに頑張ってもうまくいかないことだってあるし、31歳になって色んなことが20代と変わってきた気がする。

特に感じたのが、仕事へのスタンス。もう「雑誌でどうしても撮りたいんだ!雑誌で撮っていない私なんて、全然イケていない…」なんて思わなくて良いのかもしれない。たとえば『&Premium』を読む。ページの端っこにある撮影クレジットを見る。載っているローマ字の名前を頭の中で漢字に変換して「ああ、また、あの人か」とこっそりため息をつく。写真を見る。いい写真だなぁ、でも私も撮れると思うなあ。なぜ私は入り込めないんだろうと小さく落ち込む。雑誌を見る度にその繰り返し。自分で自分を傷つけていた。たとえばポートフォリオを見てもらう。でもなかなかすぐに仕事の依頼は来ない。こっそりこっそりまた落ち込む。もう、そういうのは辞めていきましょう。そういう考え方は違うな〜と思ったの。だってそれってミュージシャンがMステに出たくてMステのことを考えて、曲作りをするようなものでしょ?他人とか、世間が良いと思っているもの、人気なものに認めてもらいだけで進むのは、私がやりたいことじゃない。昨日も書いたように灯台のような遠い目標として意識しているのは良いと思うけれど。まずは自分。自分がどんな写真を撮るか、撮りたいか、どんな文章を書くか、書きたいか。そのクオリティを上げるための努力をする方が、わたしらしいと思ったし、自分なりに世の中に価値を提案していく方がいいと思った。だって雑誌でどうしても撮りたいなら、自分でとびっきりいい媒体を作ればいい。雑誌は売れないって言うけれど、じゃあ研究して売れる雑誌を作るという選択肢だってある。

まずは自分で。まずは自分で。まずは自分で。自分がピカピカ光るようになったら、いずれ今、憧れている媒体でお仕事する機会は自然と増えると思うの。その方がわたしにとっていい。目の前の人、目の前の仕事に誠実に。人と比べちゃう気持ちは健全だけれど、比べ方は気をつけて。ついつい活躍している50代の大先輩カメラマンなどと比べてしまいそうになるんだけれど、キャリアも生きてきた月日も違うからさ。わたしはわたしの一歩を歩めば良いよ。