うれしい日曜日

大好きな休日の過ごし方。それは夫と清澄白河・森下エリアを散歩すること。ただ散歩するだけではなく、大好きなお店をスタンプラリーのようにめぐるのが至福です。

予定していた撮影が延期になり、ぽっかりと空いた午前中。まずは深川図書館へ。本を返して借りて、森下のwolkに。去年オープンした雑貨屋さんで、お店の佇まいもセレクトも何より店主さんのお人柄が好きで、器や雑貨やタオルなどを揃えています。今日はおくるみを購入。

そしていつもならThe Northwave Coffeeに行くのですが、今日は別のカフェに立ち寄って、帰りにお花屋・バタフライデコへ。今の気分に合ったお花を1〜2輪買って帰る。「お腹大きくなりましたね」なんて何気ない会話がうれしい。

名前を挙げさせてもらったお店は、店主さんとゆるゆるっとした顔見知り。だからどう、というわけではないのですが、お店に一歩足を踏み入れたときの安心感と小さなやりとりがいつも幸せだなあと感じています。

今日も生きる

”つむぎ”といううさぎと4年前から一緒に暮らしています。動物と暮らすことは豊かで愛しくてはちゃめちゃに幸せな一方、死を意識する瞬間がどうしても多い気がします。

今年のはじめ、つむぎが体調を崩して大きな手術を受けました。先生から「命の保証ができるとは言えません」と告げられながら踏み切った大手術。術後、朦朧としている状況からなんとか一命をとりとめ、その後は元気になっていたように見受けられたのですが…。

一昨日の朝、苦しそうにしていたため再度病院へ。暗い表情を見せる先生を目の前に、いろんなことを覚悟をしました。命を無理に引き伸ばしたくない、でももっともっともっと一緒にいたい、もう手術のような痛い思いはさせたくない。そんな葛藤の中、最大限手を尽くして、寄り添う覚悟をしよう、と。

奇跡的に回復し、今は落ち着きつつあります。普段「こういう暮らしがしたい」とか「こういう仕事をしたい」とか色々と考えるのですが、本当はただただ、心臓が動いていることだけで素晴らしいんだと思う。人間も、うさぎも。生きること、死ぬことについてよく考える2021年です。

夫婦の機嫌

「夫婦そろって機嫌良し」が大事だと実感しています。

今までは自分の機嫌の良さだけを大事にしてきました。そしてその機嫌のとり方はトライアンドエラーで少しずつ身につけてきました。でも夫婦という単位で見るとどうでしょう。

言わなくていいことを言ったり、素直になれず意地を張ったりすると、たちまちケンカモードに突入するわたしたち。そういう時って一人がごきげんになっても、もう一人が不機嫌だから全然つまんない。ちなみに夫婦ゲンカすると、たいていわたしは体調を崩します(弱い)。

だからふたりがごきげんであることを目指す。相手の怒りポイントを把握して、なるべく突かないようにする。私の怒りポイントを相手にも理解してもらう。そんなことの積み重ねで、ここ数日はうまくやれている気がします。

結婚して7年。夫婦関係は毎年・毎月変化していきますね。永遠に完成することのないパズルみたいで気が遠くもなりますが、なんだかんだ興味深いです。

お守りカフェラテ

これだけは自分を救ってくれるというものはありますか?私にとってカフェラテがそう。執筆の合間、撮影後のひと息、休日のお散歩のお供に、いつだってカフェラテ。

数年前まではコーヒーを全然飲めませんでした。今もドリップは苦手、だって苦いもん…。でもコーヒーの町・清澄白河に住みはじめて、自然とコーヒースタンドに行く機会が増え、カフェラテを愛飲するように。ほろ苦さと牛乳のフラット感が良いんですよね。

自分の定番を持っていると、お守りみたいでなんだか安心します。旅先で必ず本屋さんに立ち寄るのと同じ感覚かもしれない。連綿と流れていく日々の”読点”のような感覚で、今日の撮影後もカフェラテを注文しました。さて、あと一仕事がんばろう。

ありのままの今の自分

写真に残すってうれしいなあとつくづく感じます。週末は久しぶりに家族写真を撮ってもらいました。撮る仕事をしていても、撮られる経験はそんなになく。ドキドキしながら当日を迎え、どう笑えば良いのかしらと悩みながら写真を撮ってもらっていたのですが。

撮影の終盤、ふと「ああ、撮影って自己肯定だ」と思ったのです。写真はありのままを写します。ちょっと気に入らないパーツがあっても、たとえ眉毛が上手に書けていなくても、そのまんま。だから何か気取ったり、気負ったり、かっこつける必要なんて一つもないんだ。何したってそのまま写るんだから。

そう気づけた瞬間から、いい意味でどうでも良くなって、肩の力が抜けて撮影も楽しめた気がします。おなかはだいぶ大きくなってきました。「今は、今しかない」ということを妊娠を通じて猛烈に実感している今日この頃です。