「お金ってそんなに稼いだ方が良いのかな?」という気持ちが去年からずっとあった。2019年の売上はざっくり500万円、月換算で約40万。過去2年と比較すると一番高くて、その分撮影も執筆もたくさんした。
だけど、どこかで自分が疲弊していくような…擦り切れていく感覚があって。2020年の頭、税理士さんに「今年は去年ほど稼がないようにしたいです」と話したのを覚えている。
でも本当にそれで良いの?売上は上げた方が良いんじゃない?だってお金を稼いでいた方がカッコいいし、なんかいいじゃん。そんなもやっとした気持ちを抱えていた。
今日『ほどよい量をつくる』(甲斐かおり著)を読んだ。コロナウイルスのことがあって「売上を上げる続けるって本当に正解なのかな?」とまた思い始めて、Amazonでポチった。
そこには私と同じような気持ちを抱えて、お金だけを目標にしていない企業や個人の取り組みが紹介されていた。生産量を減らしブランド価値を高めることで価格を上乗せした結果、心地よい売上を達成している作り手、や、商品の届け方を変えて今までにない層の方から支持されているブランドなどの事例がたくさん載っていた。たとえば京都の佰食屋、パンと日用品の店わざわざ、Minimalなど。
なんか、もう本当にそうなんだと思った。自分の気持ちを代弁してかつ行動している先人の皆さんに「ありがとう…!」とハグしたくなった…。売上を目的としている企業も大事(そりゃ当たり前)。でも私個人が売上右肩上がりを目指し続ける必要はないんじゃないかって。
それは仕事をしないとか、ギャランティーが安くていい、成長しなくていい、とかそういうことではない。私はきちんと仕事をしていたいし、ビジネスの対価はちゃんといただきたい(本当に精一杯撮影したり執筆したりしているからその対価がもらえないのはありえないぜ!)。新しい仕事や表現にもチャレンジしていきたい。
でもこれから1,000万円稼ぎたいか?と聞かれると首を傾げてしまう(気持ちが変わりやすい方なので来年は稼ぎたいと思っているかもしれないけれど…)。
数少ない知り合いのカメラマンは生活を犠牲にして仕事に邁進している人も多くて、そういう人に影響されてきたけど、やっぱり仕事に追われて生活がおざなりになるのは嫌だし、休みはちゃんと休みたい。一つひとつの仕事に心を込めてご一緒したいから、大量の仕事は受けられない。誰のために撮っているか書いているか分からない仕事はできない。
お金稼いでるなんてかっこいい!忙しそうで売れっ子でかっこいい!と思われたい気持ちがなくなったわけではないけれど、そこだけじゃない価値があると思う。
・心地良いと思う金額を稼ぐ(それは生活とともに毎年見直していく)。
・心地よいと思えるクライアントと仕事をする。
売上だけを目標にしないというのは分かりやすい数字に頼らないということ。だから自分でやりがいを生み出す必要はあるし「生活も仕事も大事に」なんて実際はものすごく大変だということは現在進行系で痛感しているので、そこも工夫が大事。
フリーランス4年目のわたしは、心地よさを自分の一つの軸にしよう。そう決めたらすごく楽になりました。