歌うようになった

そういえば子が生まれてからよく歌うようになった。「チューリップ」「森のくまさん」などの王道童謡から「お風呂〜、お風呂〜、○○(子の名前)の大好きなお風呂〜♫」という自作の曲まで。恥ずかしげもなく歌っている。

夫婦2人で暮らしているときはなかったから、変化っぷりに笑ってしまうのだけれど、歌うって良いなあと改めて。歌うという行為…声を出すこと、リズムをとること、たまにへんてこな歌詞を作ることに自分自身が癒やされ、元気づけられている気がする。

今日も子は朝からご機嫌で、朝日をまぶしそうに見つめ、あーうーあーうーおしゃべりしている。いつか一緒に口ずさめるかな。子が生まれて人生の楽しさが10倍にも100倍にもなった。


前田敦子の”月月”
雑誌『あわい』出版

やわらかな隔離

ベッドでは寝ないくせに私の腕の中だとすやすや眠る子がかわいくって、抱っこしたまま1時間昼寝させることがある。くーくー寝息を立てる子を抱っこしていると、このままべったり暮らすのもありかなあとぼんやり考えたりもする。

合間にInstagramを開く。周りの人の新しいプロジェクトや洗練された暮らしが目に入る。撮影現場のオフショットを見て、つい3ヶ月前まであっち側にいたはずなのに、なんだかもうあんまり思い出せない。今の自分は随分遠く離れた場所にいる。やわらかな隔離。

これからの私は何をしたいのか。何ができるのか。感情の変化を見つめたり、驚いたり、体の声に耳を傾けながらじっくり向き合う日々です。


前田敦子の”月月”
雑誌『あわい』出版

インターネットに答えは落ちていない

先週「オンライン助産師相談会」に申し込んでみました。zoomで30分間、東京都助産師会の助産師さんに妊娠・産後・育児にまつわる質問を何でもできて、無料で、回数も無制限というサービス。

事前に口コミを見るとすごく高評価で、行政サービスでそこまで評判良いってどんな感じなんだろう?と楽しみにしていて、前評判通りとても良かったです。

子どものことって、病院に電話して聞くほどではない、でも解消しておきたい小さな疑問が積み重なりませんか…?些細な「○○ってどうなんだろう?」「これで合っていますか?」に的確に答えてもらえて安心したし、何より心の持ちようみたいなものを教えてもらえたのが印象的でした。

「インターネットに答えは落ちていません。子どもによってそれぞれだから目の前の子どもを観察してみましょう」
「子どもをコントロールしようとせず、その子のベストを見つけていったら、自然とうまく行きます」
「今後色んなアドバイスをもらうことがあると思いますが、全部受け取らなくてもいいんです、ご両親がしっくり来るものだけ選べば」

は〜〜〜、こういう言葉を誰かにかけてほしかったんだよなあ、私。こういう”あり方”って子育てをしている人だけに限らず、いろーんな人にあてはまるよなあ。”子ども”を”仕事”という単語に置き換えてみてもしっくり来ますもんね。

インターネット上に答えは落ちていないけど、インターネットを介したコミュニケーションに力をもらったお話。

https://coubic.com/jmat/834046#pageContent


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妊娠・出産・産後、一番つらいのは?

妊娠中、よく目にした質問。「妊娠・出産・産後、一番つらいのはどれですか?」

その回答はさまざまで「つわりが重かったので妊娠」という人もいれば「陣痛の痛みに耐えきれなかった」「新生児期は毎日泣いていた」という人もいた。

私はつらかったのはぶっちぎりで妊娠、そして出産・産後という順かなあ。

noteの読者さんはそうかもね、と思ってくれるかもしれないけれど、妊娠は出口のない真っ暗なトンネルをとぼとぼ歩いている感覚だった。つわり、情緒不安定、毎週変わる体調、お腹の張り。自分の体が”自分のものじゃない感”がずっと息苦しかった。

出産はもちろん痛くて、でもよく言われる”鼻の穴からスイカ”は変な例えだなあという印象。もう痛すぎて記憶から抹消されているのだけど(これもあるあるですよね、出産の痛みを忘れるってやつ)一番近いのは生理痛かな…。あの10倍とか100倍とか…?ただ数時間〜数日限定だから、先が見えて頑張れた気がする。

そして産後。実は妊娠中一番恐れていたのは「産んだあと激烈につらかったらどうしよう」だった。とにかく産後の心身のイメージがわかなくて、全くの未知だったから不安につながっていたのだと思う。でも私は今が一番幸せ。

産後1〜2週間は涙が止まらない時もあった。育児について何もわからないまま、いきなり実践・実践・実践の日々。そりゃ心配で不安で涙も出るよね、と今なら思う。おなかの痛みや慢性的な疲労感から基本はベッドにいなきゃいけなくて、気持ちも鬱々としがちだった(とはいえSNS更新もできたし、カフェも行けていたけど)。

産後3週間を越えた頃から「あと少しで新生児検診だ!」という前向きな気持ちになり、今は「まあ色々あるけどどうにかなるし、どうにかするし、ていうか今日も子がべらぼうにかわいい。人生最高」っていう気持ち。そう、目の前に子がいることで割といろんなことが楽しくて頑張れる。

腰も腕も肩も首もガッチガチだし、試行錯誤の連続なんだけれど、子がいるだけで、子が声を出すだけで、子が笑うだけで、ぱあああああっと心が晴れる。

妊娠・出産・産後のつらさは人それぞれ。でも今のこの喜びを妊娠中に実感できる機会があれば、もう少し弱音を吐かずに頑張れたのにな、なんて。そんなことは到底無理なんだけれど。


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ここで産めて本当に良かった

産院にこんなに愛着を持てるなんて思わなかった。

産後1ヶ月検診が終わり「ああ、ここには来なくなるのか」と思うと一気に寂しくなった。妊娠が分かってすぐ産院探しは始まる。私は家から一番近い大学病院で、無痛分娩OKなことから聖路加国際病院を選んだ。

”産婦人科の御三家”なんて言われるくらい分娩において有名な病院。そう評価される理由は色々あると思うけど、私はとにかくホスピタリティに救われ続けていた。医師、看護師、受付の方、タクシーのスタッフまでいつも感じよく、困っていたら親身に相談に乗ってくれる。

印象的だった出来事が2つある。お産の最後、本当に苦しくて辛くてもう頑張れないと思った時。担当医師が「好きな曲ありますか?かけましょう」と自らのiPhoneを操作して流してくれた。子の名前はBUMP OF CHICKENの『Ray』にちなんでいるのでその曲を。

曲が流れた瞬間、涙が溢れて仕方なかった。

退院する時、主治医の先生がわざわざ病室まで来て「今はネットにたくさん情報がありますが、何か不安なことがあったらすぐ私たちにご連絡くださいね。解決する知識も方法もありますから」と心強い一言をかけてくれた。先の見えない育児がいきなり始まった私にとって、どれだけ支えになったかわからない。

思えば、フリーランスになってどこかに定期的に通うことがなくなり、一期一会な日々を過ごしていた。だから毎月毎月通った産院が想像以上に大事な場所になっていたみたい。聖路加で産めて本当に良かった。


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